グレーゾーン愚考 [放射能]


 前回は、安全らしい領域と 危険らしい領域を考えてみました。
 とりあえず「あまり考えなくて良い」1mSvから、ハッキリ悪い影響が出る100mSvまで 広大なグレーゾーンが広がっていることだけが分かります。

 ハッキリとした証拠はなく、誰もどれだけの影響があるのか 断言できない領域です。
 それでも 世の中には とりあえず「世界標準」とされている教義があります。


1、「直線閾値なしモデル」派

 最近 その名を聞かない日はないICRPが奉っている仮説です。
 一応は 世界で標準的に受け入れられている教義とされています。

 この派閥は「どんな低線量でも放射線は有害」と考えることにしています。
 ハッキリ有害と認めるのは100mSvからですが、そこから下の線量でも 同じ割合で悪いことが起こるとみなします。
 低い線量でも害があると考えた方が 安全を守れるのですから 当然といえば当然です。

 今の教えでは 100mSvで0.57%癌による死亡が増えるなら、10mSvなら0.057%増えて、1mSvでも0.0057%増えていると考えなさいということです。

 証拠はありません
 ですが、「そう想定して対策をしましょうね」というのが この派閥のお約束。

 この派閥では 運悪く癌になった人の余命損失は「13-20年」と想定していますから、下のような議論が出てきます。

 5mSvを被曝した時の 損失余命は 2日と2時間。
 10mSv被曝したら 4日と4時間、100mSvなら 41日と16時間、貴方の寿命は失われると考えることにするのです。


 正直、これは ちょっと受け入れにくい計算です。
 私たち一人一人は 一つの命しか持っていませんから 癌になるか ならないかは半々でしかありません。
 平均的に寿命が数日縮む個人などいないのです。

 でも、その違和感を置いて おきましょう。
 役所の偉い人や 医者や 保険屋は よくやる種類の計算です。

 この先 柏に住み続けると どれだけのリスクがあるのでしょうか?
 この宗派の教義に照らして 計算してみます。

 柏に済み続けて余計に受ける外部被曝は これから5年で7.5mSvと仮定します。(木造住宅居住・屋外滞在8時間)
 外部被曝だけで計算すると、あなたの寿命は3日と3時間短くなる この教義は見込みます

 この数字には 証拠はありません。
 仮説ですから 当然です。

 それでも「直線閾値無しモデル」派閥の信者ならこう言うでしょう。

 「この仮説が 今は一番 もっともらしいのですから、証拠はなくても そう考えることにしましょうよ」

 証拠は無いし、本当かどうかも分からないけど、そう仮定することが安全に寄与するなら その前提で対策を考えなさいというのが根本的な教義なのです。



2、「閾値があるんじゃないか」派

 ICRPの「放射線はどんな低線量でもリスクと考えなさい」という考え方に対して、「低線量なら危険じゃない範囲がある」と考える人たちもいます。

 世界中には 普段の日本の数倍も線量率の高い土地が ゴロゴロあります。
 日本の国内だって0.3μSv/h以上の土地が普通にあります。

 そういう土地で調査をしても 発ガン率も 平均寿命も 差が出ていないじゃないかというのが、この宗派の主張です。
 (もちろん 他にも色々な調査が根拠として主張されています。)

 ただ、この手の「閾値説」も 厳密な証明は不可能です。
 すぐに思いつくのは「放射線の多い地域には 放射線に耐性のある人だけが選択されて生き残っているのではないか」という反論です。
 更には「閾値が存在するにしても全ての人が同じ程度に放射線に強いとは限らないのでは」という言い方もできます。
 他にも 「本当は有害なのに 調べた母数が少なくて リスクが分からないだけじゃないのか」という反論もあるでしょう。

 反論はさておき、この宗派の考え方だと 柏の現状はどうなるのでしょうか。

 この先1年間で 外部被曝の線量はバックグラウンド込みで推定 約2.4mSv(木造住宅・屋外8時間・屋内16時間)、ラドン由来が1.26mSv、食品由来はバックグラウンドで0.4mSV、再浮遊粉塵と土壌摂食分を多めに0.1mSv見込んで、合計は4.16mSv

 これは 平均的なデンバー市民(年4.5mSv・数字は米国エネルギー省)より少ないし、日本国内で考えても ラドン温泉周辺で1年暮らすより低い数字となります。
 このくらい被曝している地域は世界中にあるワケで 「柏は安全です」とか「避難する必要はありません」といっている人の根拠になっているのです。

 そういうわけで「閾値が存在する」という考え方も それなりに根拠があるのですが、そう仮定するにしても 低い線量の方が 安全なのは間違いありません。

 自然の放射能だけで 年間5mSvに達する土地は それなりに数があるけど、年間10mSvに達する土地は少ないのです。
 それを越えて 年間20mSvになる土地は 地球上には存在しません。

 閾値があると仮定するにしても 出来るだけ不要な被曝は抑えたいものです。
 どこに閾値があるかなんて 分かりはしないのですから。



3、過激な宗派について

 上に書いた2つの意見がよくある考え方だと思うのですが、世の中には もっと過激な宗派が存在しています。

 まずは ECRRという組織が中心とする宗派。
 同じ4文字アルファベットの組織ですが、ECRRは公的な機関ではなくどこかの環境保護団体みたいな雰囲気です。
 週刊紙などで見たことがあるかもしれませんが「日本で10万人癌が増える」と言っている人たちです。
 その教義を柏に当てはめると 柏でも11%癌が増えることになります。

 この教えについて私は深く理解していませんが、根拠からの数字の作り方に無理があるように思います。
 この説への批判は 色々なブログでなされていますので リンク先を参考にしてみてください。

 buveryの日記
 http://d.hatena.ne.jp/buvery/20110520

 それだけの割合で癌が増えるなら チェルノブイリの時に スエーデンだけではなくドイツやフィンランドでも同様の事実がはっきりと出なければおかしいのです。

 内部被曝が危険なのは疑う余地はありません。
 ICRPの推定より何倍も危険な可能性は十分にありえるでしょう。
 そもそも 個々人の内部被曝の定量はほぼ不可能なのですから 安全寄りに考えるのは間違っていません。

 それでも、私は この「11%」という数字を 全く信じていません。


 そして、もう一つの過激な宗派「100mSv原理主義派」です。
 こちらは ECRRより 非常に危険な考え方なのに、偉い人に信者がいそうな雰囲気です

 この宗派の人たちは ICRPがハッキリ「有害」と認める100mSvまで [健康に影響がない」と本気で考えています。
 「有意差がない=無リスク」と考えるのは、「目に見えない物」を「存在しない」と考えるのと同じです。

 個々人が 放射能リスクをどう考えるかは その人の自由な選択で良いのですが、国や自治体を動かす人たちには 安全側の仮定を採用し動いてもらわなければ 住民が不要なリスクを取らされてしまいます。

 少なくとも 世界的な評価の基準は ICRPの考え方ですし、LNT仮説が今も標準の教義なのですから むやみに基準を緩めていこうとするのは論外です。
 本来のあり方は「事態が長期化→基準を厳しくする」が正解だし チェルノブイリのときの各国の対応もそうでした。
 それなのに 「事態が長期化するから 暫定基準を緩くしようね」というのは 真逆の対処で、そういう場面で100mSv原理主義の意見が主張されるのは 恐ろしいことです。

 日本は ICRPの教義に則って 対処してきたわけですから、公的な人たちは 住民の安全のために「低線量でも危険はある」と考える立場を採らなければいけません。
 そして 住民のリスクを出来るだけ抑えるように 合理的に可能な対処をしなければいけません。
 福島方面で手一杯であろう政府はともかく、これだけ騒がれても 対策を全く打とうとしない柏市の対応は お粗末というしかありません。



4、ちょっと結論

 ・ ICRPの教義を採用するなら 柏市に住み続けると 数日寿命が縮む程度のリスクがあると考えられる。
 ・ 閾値があると考えるなら 柏市の線量は世界によくある数字で リスクは低いと考えられる。
 ・ ECRRの主張する数字は信憑性が低いのではないか。
 ・ 「年100mSv原理主義」が公的に信奉されるのは かなり危うい。
< ・ 個人はどの説を採用しようと勝手だが、行政は安全寄りの考え方で対処すべき。


 私は とりあえずICRPの基準を採用することにしています。
 柏市に住み続けるリスクと 避難するデメリットを考慮すると、今の水準なら 引越しよりも 線量を減らす対策をとるというのが 今のところの方針です。
 本当は 緩やかな閾値が何処かにあるのではと思いたいのですが、甘い考えだけで対策をしなければ どこかの怠慢市と同じになってしまいますからね。



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コメント 4

水玉

グレーゾーンの記事、わかりやすい解説で読みやすかったです。
国、行政の対策をしないことが、私も理解できません。
先日も質問しましたが、この頃の測定値(以前より低い)を
元に年間の線量を算出して安全です風潮が多い気がします。
事故は3月に起きているのを忘れているのでしょうかね。

自然放射について少し教えてください。
「日本の国内だって0.3μSv/h以上の土地が普通にあります。」
のことですが、その数値には今回の事故で、
身体の影響がとりただされている
セシウム、ヨウ素も含まれているのですか?


by 水玉 (2011-06-27 12:43) 

ゆでがえる

 水玉さま
 質問の件ですが 自然界からの放射線だけで 今の柏市の水準の場所はあります。
 放射性セシウムとか 放射性ヨウ素は 自然界では存在しないので もちろん含まれていません。(厳密には核実験時代やチェルノブイリ由来のものは含まれているでしょうけど)

 柏市の対応は ちょっと遅いと思うのですが、福島県内でも除洗がはかどっているワケではないので 現状認識を改めただけでも一歩前進でしょう。

http://www.city.kashiwa.lg.jp/soshiki/080500/p008644_d/fil/taiou.pdf

 公園の清掃や草むらの刈り込みを徹底するだけで 違いが出るように思うのですけどねえ。
 根本的には「表土除去+植木の伐採+路面の張替え」の3点セットなのですが…
by ゆでがえる (2011-06-27 17:41) 

ぽこ

グレーゾーンの考察とても参考になりました。
柏市で生活するリスクはさほど高くは感じませんね。
ただ余計な被爆は避けた方が良いので、徹底的にはできないけど、ほどよく対策していきたいと思います。
ゆでがえるさんはどのような対策されてますか?
闘値がある説を信じたいですが…分からないですもんね。
ところで、勉強不足で申し訳ないのですが…ラドン由来というのは外部被爆に含まれないのですか?
数値が高いように思いますが何故なのでしょうか?

by ぽこ (2011-06-28 23:35) 

ゆでがえる

 ぽこさま、お返事が遅くなって申し訳ありません。
 ラドンによる被曝は 吸入による内部被曝です。
 時々 世界各国の自然放射線による被曝量が比較されますが、バックグラウンドの内部被曝量を含めている数字もあれば 含んでいないこともありますので 注意が必要です。
by ゆでがえる (2011-07-01 09:36) 

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